自己紹介や記事の中でもちょこっと書いていますが、私は2017年に白血病を発症しました。
正確な病名は「急性骨髄性白血病」。
白血病発症は、私がこのブログを始めたきっかけでもあります。
今回は、
- 白血病とは?
- どんな症状?
- 治療法は?
- 家族が白血病にかかったら
という内容を書いていこうと思います。
白血病は、誰もがかかる可能性のある病気です。
まずは、こんな病気だよ、と知るだけでも。
読んでいただければ幸いです♪
白血病とは?
白血病とは、いわゆる血液の “がん” です。
白血球、赤血球、血小板が作られる過程で何らかの異常が生じ、白血病細胞と言われるがん細胞が血液内に異常増殖する病気です。
正常な血液細胞が作られないため、白血球、赤血球、血小板の働きが失われ、様々な症状を呈することになります。
急激に悪化する急性と、ゆっくり進行する慢性の2種類、また、がん化する細胞の種類によって骨髄性とリンパ性に分類されます。
- 急性骨髄性白血病
- 慢性骨髄性白血病
- 急性リンパ性白血病
- 慢性リンパ性白血病
その中でも、どの細胞がどの段階で異常を起こしているのか、などの細かい分類がされています。
また、同じ “血液のがん” でも、悪性リンパ腫や多発性骨髄腫など、別の病気に分類されるものもあります。
白血病の一般的な症状
白血球、赤血球、血小板の働きが失われるので、それらに関係する症状が現れます。
- 白血球・・・外から侵入してきた異物(細菌など)を攻撃し、免疫を司る
- 赤血球・・・体中に酸素を運ぶ
- 血小板・・・出血を止める
よって、白血病になると、多くは以下のような症状が現れます。
- 発熱、感染症・・・白血球の減少による
- 息切れ、倦怠感、貧血・・・赤血球の減少による
- 内出血(アザ)、鼻血、生理過多・・・血小板の減少による
ドラマなどでは、よく貧血を起こす、体中にアザが出来る、鼻血が止まらない、という症状で発覚するのが多いですね。
私の白血病について
私の発症時の症状
私は以下の症状がありました。
- 倦怠感
- 発熱(毎晩夜になると熱が上がる~が1週間続く)
- 点状出血(身に覚えのないアザ)
風邪症状がなかったので、何か感染症にかかったのではないか、と思いましたが、なぜか朝になると平熱に戻る。。。
だるい・・・とは思っていたのですが、お盆の猛暑(いや酷暑!)の時期だったので、夏バテかな~と、こちらも軽く考えておりました。
そんな日々を送っていたところ、左手の甲から指にかけて、点状の内出血を発見。
そんなところにそんなアザが出来るようなことをした覚えはなく。
が、私は臨床検査技師という医療従事者。
この時点で、「もしや・・・白血病?」というワードが頭をよぎりました。
病院を受診。
次の日、お盆休み中の夫に子供を任せ、大学病院を受診しました。
膨大な問診を受け、採血。
その結果、白血球数は異常に増殖、血小板は輸血レベルに激減していました。
内出血が出現するのがわかります、と言われました。
また、血液中には芽球(白血病細胞)も多数見られるとのこと。
この時点で、「白血病が強く疑われます」と言われました。
その日のうちに緊急入院。
その大学病院ではベッドが満床だったため、空きのある病院を探してくれて、分厚い紹介状を渡されて、車で迎えに来てくれた夫と一緒に指定された病院に向かいました。
着いた病院で、「間違いなく白血病だと思います、今から入院です」と、その場で告知されました。
「入院は出来ません!子供がまだ5歳なんです」と答えた私。
すると医師は、座っている私の目線の高さまでかがみ込み、
「あのね、危険な状態なんです」
と、小さい子に諭すようにゆっくり言いました。
そのままあれよあれよで入院。
この医師が、私の主治医となりました。
私の治療の経過
入院初日にいきなり血小板輸血。
それだけ緊急事態だったようです。
そしてその翌日には、1日に3回貧血を起こし、立てなくなりました。
急性とは言ったもんで、本当に急激な悪化でした。。。
私は急性骨髄性白血病でした
入院から2日後に、詳しい検査の結果が出ました。
詳しい病名は、急性骨髄性白血病(AML)。
その中でも「M1」というタイプの白血病で、「t(8:21)の転座」という遺伝子異常がありました。
最初の採血で異常に増殖していた白血球はほとんどが白血病細胞で、私の末梢血内の90%が白血病細胞だったそう。
白血病=骨髄移植
というイメージがあるかと思いますが、私は予後良好なタイプだったので、たぶん化学療法だけでいけると思う、と言われました。
私が最も嬉しかった説明はコレ。
上記の私の白血病についての説明の前に、主治医の先生が話してくれたこと。
「白血病の原因は不明です。遺伝性の病気ではありません(※)。だから、お子さんに遺伝はしません」
(※)一部、ウィルス性の白血病というものがあり、これは母子感染のリスクがあります
一番私がホッとする言葉でした。
私の病状や治療についての説明の前に、開口一番、このことを話してくれたことが、私にとってはとっても嬉しいことでした。
化学療法(抗がん剤治療)、4クール。
入院3日目から、化学療法(抗がん剤治療)が始まりました。
私は最初の抗がん剤治療(完解導入法)で、寛解(骨髄の中の白血病細胞が5%以下になる)に至りました。
その後、3クールの抗がん剤(地固め法)。
各クールの間に、外泊や一時退院をし、息子と一緒に寝ることも出来ました。
抗がん剤中の症状(副作用)
まず最初に、全身に薬疹が出ました。
全身の発赤が痒くて痒くて眠れない!
なんとか軟膏でごまかしたけど、なかなか辛かった。
抗がん剤は白血病細胞だけではなく正常な血球をも叩くので、白血球・赤血球・血小板が全て空っぽに近い状態になります。
そのため、抗がん剤から2週間ほど経つと、全身アザだらけ、口の中は血豆だらけ。
感染症にも簡単にかかってしまうため、肺炎にもなったし、40℃の熱が3日間続いてそれこそ死ぬかと思うほど辛かった日もあります。
私が入院した病院は、無菌室というのは骨髄移植を受ける人だけが入るそう。
抗がん剤で血球が下がる時は、「アイソレーター」というでっかい空気清浄機がベッドに付けられます。 ↓ ↓
その間はデイルームにも行くことが出来なくなります。
初回の抗がん剤で髪の毛がほぼ抜けました。
初めての外泊の時に、私の頭を見た息子はちょっと驚いた表情を見せただけで、「禿げちゃったね!」とニコニコしながら私の頭を撫でてくれました。
思いっきりギュー♡したよ(*^ ^*)
半年の入院治療を終えて退院。
4クールの抗がん剤治療を終え、寛解を維持できていたので、入院からちょうど半年後に完全退院。
が、その頃には体重も体力も落ちて、なんと階段が上がれない(;゚Д゚)
食欲も落ちて、メイバランスというバランス飲料200mlを飲むだけで精いっぱい。
10分も歩けばフラフラになるため、幼稚園の送迎も出来ない。
寝室からリビングに移動するだけで失神する始末。
帰宅してもほぼ横になってる状態でした。
息子の幼稚園は区のファミリーサポートの方にお願いし、土日は夫が仕事だったので、私の両親に預けるか、区の施設に預けるか。
息子には本当に寂しい思いをさせました(涙)
そんな私でも、退院から2年も経つと、息子を自転車の後ろに乗せて30分ほどの習い事先に連れて行くことが出来るようになりました。
生活習慣ってすごい!
おかげさまで、あれから5年。
寛解を保っています!
治療完了から5年が経過した時点で完解維持出来ていると、ほぼ完治と見なされます。
その日まで、あと少し♪
もし大切な家族が白血病を発症したら
告知を受けて泣き崩れる・・・
なんてドラマのようなシーンはありませんでした。
家族の誰もがいたって普通に接してくれました。
「まぁ治すしかないよね」
「ゆっくり休みなさい」
という言葉は実はとっても嬉しかった。
だってその通りだから。
個人の性格にもよるとは思うけど、私が言われてイヤだった言葉は
- 絶対大丈夫だから!治るから! → 根拠のない言葉はいい加減で適当過ぎる社交辞令にしか聞こえない
- 知り合い(親戚)がその病気で亡くなったわ → ビビることわざわざ言わないで
- 頑張って! → 頑張りようがない
私は左脳人間なので、絶対大丈夫!と断言されても、それが優しさだとわかっていても、「いやいやアナタ医者でもないのにわかるわけないんだからいい加減なこと言わないでよ」と思ってしまいました。
それを言うなら、「絶対治るように祈ってるから!」だと嬉しかったりします。
命の危機と言えるほどの危険な状態になると、人は、大したことない言葉に敏感過ぎるほど反応してしまいます。
いい加減な励ましの言葉をかけるより、「治療に専念して」「ゆっくり休みなさい」「欲しいものがあったら言って」と、事実のみ、出来ることのみを淡々と言ってくれることの方が安心したりします。
もし、ご家族が白血病を発症したら、そのような声かけをしてあげるといいのかなぁ
と、思います!
私が白血病を公表した理由
臨床検査技師とはいえ、検査についての知識はあるものの、病態の詳細は知らないことばかり。
なので、入院当初は、スマホで色々調べまくりました。
ところが、白血病の方のブログを見ると、たいていは闘病中。
再発したけど負けない!
○回目の移植しました・・・
という内容のブログがほどんどで、完治(あるいは寛解)した人のブログって、本っっ当にないんです。
私は、化学療法(抗がん剤)のみで完治を目指すと言われましたが。
骨髄移植しなくても化学療法だけで本当に治るのかな・・・
化学療法だけで完治に至った人ってどのくらいいるんだろう・・・
ということが、一番の気がかりでした。
でも、わかったのは、
「完治した人はブログを書かない」
ということでした。
病気に関するブログを書く人って、現在進行形で闘病している方々が多いんですよね。
共感を求めたり、自分だけじゃない!と励まし合ったり。
もちろん、それも闘病中の励みになるので大事です。
でも絶対完治する!・・・というのが私の中での前提だったので、
闘病の先にある人生を知りたかった。
だから、目標は完治そのものではなく、その後の人生をどれだけ楽しく生きるか。
闘病体験をどれだけ糧にして生きているのか。
そこを知りたいのに、それを書いている人がほとんどいない、ということを知りました。
ならば、私がなかなか得られなかった情報を、私が発信しよう。
そう思ったんです。
だからこそ、闘病中に公表するのは嫌だった。
当時、病気を公表するかどうかは決めていませんでしたが、
もし公表するとしたら、それは治療が終わった後!
・・・ということだけは決めていました。
病気の経験を糧にして生きる。
白血病になるなんて、なんて運が悪いの!
と自分の人生を呪ったり、なんなら神様に八つ当たりしたり。
もちろん私にもそんな気持ちはあります。
私自身が何かの罰を受けるのはともかく、なんで家族や幼い我が子までこんな思いをしなきゃいけないの!
・・・って。
でも、病気によって得たものもたくさんあります。
闘病仲間(同じ病室で仲良くなった)の存在。
助けてくれる家族や友人の存在も改めてありがたいと思うようになりました。
当たり前の日常が、キラキラと輝くようになりました。
あの闘病生活があったから、新型コロナウィルスのパンデミックによる自粛生活も、まったくストレスはありませんでした。
だって、家族みんな元気で一緒に生活出来る幸せを誰よりも知ってるから。
家族と離れていた半年に比べたら、ぜーんぜん平気♪
(免疫力が低いのでコロナ感染の恐怖はありましたが。)
思いを誰かに伝えたい。
私に出来ること、私だから出来ることをしたい。
外で働けなくても、家にいながらでも収入が欲しい。
そう思うようになり、このブログも生まれたわけです。
このブログは、私の想いがぎゅっと詰まっているんです♡
闘病記、続編。
入院生活は、辛いことばかりじゃなかったですよ。
クスッと笑える出来事や楽しいことなどもありました。
単純に悲劇のヒロインではなかったです。
それらの明るい闘病記を、2記事に分けて綴っています!
明るい闘病記①【家族編】 ↓ ↓
明るい闘病記②【病院編】 ↓ ↓
ぜひ、読んでもらえたら嬉しいです☆
全ての方の勇気に繋がりますように。
そして、全てのこの病気の方がいい方向に向かいますように。
それらを願ってやみません。

